使徒の働き 2章 41-47節 主の御霊によって一つとなる教会 北島 嗣郎 伝道師
これは主イエスの磔刑と復活から50日後に起こったことです。私達にとって50日前の出来事というと、東京五輪ではないでしょうか。記憶に新しい出来事です。つまりこの聖書箇所は当時の人々にとって、主の十字架刑からそれ位の時期に起きた話です。イエスが処刑される夜、「私はあの男を知らない」 と3回も断言した使徒ペテロは、この日、6000人以上もいたと思われる群衆の前で 「イエス様が主であり、メシアである」 ことを大声で証しました。これを聞いた人々の内、3000人がバプテスマを受けたと書かれています。何が起きたのでしょうか。復活の主に会い、心の痛みに触れられて回復され、聖霊を受けて回心したのです。
これらの人達は信じた時点で救われています。なぜなら彼らには、イエス様の約束通りに、聖霊の内住が与えられているからです。そしてその聖霊が、「信者をバプテスマする働き」を開始され、その結果、教会が誕生したのです。こうして生まれた初代教会の信者たちは4つのことを守っていました。とても大切な4つのポイントです。
1. 使徒たちの教えを守った。
ユダヤ教の聖典である旧約聖書が一貫して示しているのは、
イエス様の十字架と復活であるという教え。
2. 信者同士の交わりを守った
信仰的な交わりを守り、貧しい人には自発的に援助し、
共同の生活で物心両面の共有、分配の生活を送っていた。
3. 聖礼典である、パンを裂くことを守った。
会堂ではなく、家で集まり、食事を共にし、信徒たちだけで聖餐式を行い、
イエス様が十字架で流された血を覚えた。
4. 祈り続けた
ユダヤ教徒として日に3回会堂で祈り、あとは聖霊に導かれて家でいつも
「心を一つにして熱心に」 祈った。
このような生活をするキリスト者たちを、ユダヤ人は遠目にみながらも尊敬していました。(使徒5:13) 会堂は無く、家で集う初代教会の人々は「教会とは何か?」を真剣に考えていたと思います。主はこの教会を祝福し、『毎日、救われる人々加えて一つにしてくださった』 そしてこの初代教会の上に二千年の教会の歴史を積んで立っているのが今の私達の教会なのです。
では、教会とは何でしょうか。それは前述の4つのポイントが守られた集会だと思います。建物は教会存在の条件ではないのです。コロナにより会堂に集まれなくても、またしばらく来られなかった人も、ネット配信によって集えるようになったり、教会は敷居が高いがオンラインの家庭集会なら参加できるという方もあるでしょう。こうして集会に集まるといろいろな事が起こりますが、常に変わらない神様から目を離さないことでキリストと一体になる、一つになることができるのです。(ヘブル12:2)
たとえ、信者同士分かり合えないことがあっても、愛することが難しい人がいたとしても、あなただけではなく、その人のためにもイエス様は十字架につかれた。そしてそのイエス・キリストが、十字架の死から復活され、天に昇り、私たちの元に聖霊なる神様がもう一人の助け主として降ってきてくださいました。このペンテコステの日に下られた同じ聖霊が、私たちの中に住んでおられるのです。
闇が深くなっていくこの時代において、光であるイエス・キリストを見上げる集まりであるように、神様の御心がこの 「バルセロナで聖書を読む会」で実現していくように、御霊によって歩む私たちとさせていただきましょう。
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